平成29年12月17日 横浜関内地区を散策していた。
![イメージ 2]()
![イメージ 4]()
1859年、横浜が開港すると外国人居留地が造成され、欧米人とともに多数の中国人商人や取引仲介者や外国人外交官の雇い人が来住した。
イギリスの植民地の香港の間に定期船航路が開設されると、中国人貿易商も来住し、居留地の一角(現在の山下町)に関帝廟、中華会館、中華学校などを建てていった。